父の背中に見えた「普通の人生」の重み

マネースクールUNOの倉田です。

先日私の父が70歳となり「古希」を迎えました。 「古希」とは中国・唐の詩人である杜甫の「曲江」の一節 「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」 “酒代のツケは私が普通に行く場所どこにでもあるが、70歳まで生きられる人は古くから稀である”に由来するそうです。

当時の平均寿命は50歳前後という説もありますから70歳を迎える事は異例に長生き。 「古希」が長寿として祝いの対象となった様子がうかがえます。 ところが現代日本人の平均寿命は80歳を超え、70歳はあくまで通過点としての認識。 「普通」に生存している年齢と思われています。

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私達ファイナンシャルプランナー(FP)は日々多くの人生にまつわるお金の相談を受けています。 身近なイベントの為のお金、子供を育てる過程でのお金、自分と家族の夢のマイホームを買う為のお金、その先の人生を充実させるためのお金等々。 まさに十人十色の相談内容。

相談者は「聴きたい!」と思う内容を絞って相談されますが、私達FPは質問された相談内容にただ単に答えるだけではありません。 なぜその相談をしたのか? その解決策が今後の人生全般にどんな影響を及ぼすかを推測し・隠れた問題点や、より良い方向性はないかを推察します。

私達は相談者に現実的に希望するライフプランを聞いていきます。 「どんな人生にしたいですか?」 この質問に多くの方が「普通」の生活を送り「普通」の家庭を築きたいと答えます。

より詳しく聞くと、相談者の言う「普通」の多くは自分の両親が歩み自身も体験した「自分の実家の家庭像」に近い想像をしている事が多いと感じます。 皆さんが日々の生活や将来やりたい事は、若き日の両親が「やりたい!」と思っていた事と大きく変わってはいません。

 

「美味しい物を食べ、欲しい服を買い、毎年旅行に行きたい!」

「子供や家が欲しい!」

「遠い将来まで、一生困らない生活を続けたい!」

 

そんな日々の「普通」の生活や「普通」の夢を叶える為には、必要なお金を必要なタイミングに用意しなければなりません。 私達の両親が過した時代は真面目に働いていたら全従業員のお給料・ボーナスが毎年「普通」に上がり、コツコツと貯めていた預金・貯金に対し毎年5%以上の利息が「普通」に付いた時代。 金融機関に10年預けたお金は「普通」に2倍に殖えて戻ってきた時代。 誰もが必要なお金を必要な時期までに用意できました。

一方で私達が生活している現在の日本のお金に関する状況は様変わり、預金・貯金はほとんど利息が付かず、一生懸命残業し働いても定期的なお給料の伸びは望めない時代。

しかし、いまだに多くの日本人が自分の両親の時代と同じく「普通」に預金・貯金をしています。 その結果は両親が得られたものとは全く異なり、お金はほとんど殖やす事が出来ません。

自身が「普通」に達成したいと思っている将来の夢は程遠いと感じている人もいるのではないでしょうか?

「古希」を迎えた父。 普通のサラリーマンでありながら、大学卒業まで3人分の学費を全て負担、住宅ローンを余裕で完済、なに不自由ない5人家族の生活を支え切った父。 孫に囲まれ「ジージ」と呼ばれることを楽しみ、派手ではないが余裕のある生活を送る父。

私は自分自身が家庭を築く段になり、父が普通の生活を「普通」に達成する為に重ねた努力と苦労を想像し、昔と比べ小さく感じられるようになった父の背中に凄みを感じました。

「両親の時代とは違っているが、私達も同様に満足できる「普通」の人生を最後まで送りたい!」 多くの方がそう希望をしている事と思います。 両親の世代のお金を殖やす常識であった手段の預金・貯金ではなく、これからの時代を生きる私達世代の常識となる方法を選択しなければ、あなたが考える「普通」の人生は簡単に実現できないかもしれません。

寿命として生存するだけなら多くの人が迎えられるようになった「古希」。 その時、あなたの目の前に広がる人生の風景はあなたが望む「普通」の人生なのか、それとも「普通」を諦めなければならなかった人生なのか。

これからのあなたの行動次第で大きく変わる事でしょう。

(倉田壮一)

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